Central Areaの最近の調査レポート

ペイパザルの歴史建造物

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修復中のスルハン(2008)

ベイパザル Beypazari

木造民家が保存されている町

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アンカラから西へ約95kmの所に位置する。人口34,441人。4年前から毎年6月にベイパザル・日本文化祭というイベントが開催されている。
チャルシュは町のやや北側に位置し、グリッド状に広がっている。チャルシュの南西部にはSuluHanがあり、2008年3月現在は修復中、2008年12月完成予定である。チャルシュにはジャミィ、工房、チャイハネ、床屋などが軒を連ねる。2008年夏に向けて、チャルシュ内の道路を修復中であった。
チャルシュの南東部の通り及び隣接する広場で食料品、幹線道路を挟み塔を有する建物の裏側で衣料品の市が水曜に開催される。店舗数は衣料品68店舗、食料品110店舗である。アンタリア方面の村々からも食料品を売りに来る。
また、チャルシュのやや東の広場では、土曜・日曜に観光客向けの市が開かれる。

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ベイパザル 都市図
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ベイパザルのチャルシュ

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ベイパザルのチャルシュ平面図

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ベイパザルの水曜市

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ベイパザル 日曜の観光市

ナルハン Nallıhan

コジャハンのあるキャラバン都市

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ヒッタイト時代から長い歴史があり、ローマ時代は商業及び軍事上の街道の拠点であった。トルコ人が主権を取って町をつくってきたのは1071年からである。現在は南北に町を貫く国道があり、この東側に旧市街が位置する。グリッド状の商店街の南東に1595年に建設されたKoca Hanと呼ばれるかつての隊商宿、ハンがあり、2007年現在、修復工事中であった。月曜の露天市は市役所前の通りから広場、川沿いの通りにかけて開催される。周辺の村からの農作物販売エリアはもともとハンの中庭であったが、修復工事のためハン前の通りとなっている。全体の露店数は150位であり、季節によって変化する。周辺には80以上の村があるため、市の利用者は多い。人口17,181人(2000年)。

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ナルハン都市図

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国道から1本奥まった位置にある商店街

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150軒の露店が並ぶ月曜市

カッパドキア

アナトリア高原の火山によってできた大地「カッパドキア」

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古代の地理においてCappadocia (「美しい馬の地」を意味するペルシア語:Katpatukに由来、トルコ語:Kapadokya)は、小アジア(現代のトルコ)の広大な内陸地域を指した。ヘロドトスの時代には、「カッパドキア人」がタウルス山脈から「ユークシン(Euxine、すなわち黒海)」までのすべての地域を支配した。この意味でのカッパドキアは、南ではタウルス山脈と、東ではユーフラテス川と、北はポントス地方(黒海沿岸部)と、西はおよそトゥズ湖と境界を接していた。だが、その境界を正確に定義することは不可能である。その国の多少とも詳細な記録を記したただ一人の古代の著述家ストラボンは、その大きさを非常に誇張したが、現在は長さ約250マイル、幅150マイル以下の範囲だったと考えられている。

Türkçe

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Türkçe

Türkçe, Türkiye Türkçesi olarak da bilinir, Ural-Altay dillerinden Türk dilleri ailesi ailesine bağlı ve Oğuz Grubu'na mensup bir dildir. Türkiye, Kıbrıs, Balkanlar ve Orta Avrupa ülkeleri başta olmak üzere geniş bir coğrafyada konuşulur. Türkiye Cumhuriyeti ve Kuzey Kıbrıs Türk Cumhuriyeti'nin resmî; Makedonya ve Kosova'nın ise tanınmış bölgesel dilidr.

Resmî durumu
Türkçe Türkiye'nin ve Kuzey Kıbrıs Türk Cumhuriyeti'nin resmî dilidir. Türkiye'de Türk Dil Kurumu, Atatürk tarafından 1932 yılında Türk Dili Tetkik Cemiyeti olarak bağımsız bir organ olarak kurulmuştur. Türk Dil Kurumu dilin sadeleşmesi, yabancı kökenli sözcüklerin değiştirilmesi (özellikle Arapça ve Farsça) için çalışmıştır. 1978 Dil yasasına göre Türkçe Kosova'da bölgesel resmî dildi. Şu anda sadece Kosova'nın Türk çoğunluğunun yaşadığı bir kent olan Prizren'de resmî dildir. Diğer bölgelerdeki resmiyeti ortadan kaldırılmıştır.

240px-Türk_dilleri.pngのサムネール画像

コンヤ Konya

幻想のトルコ「コンヤ」

神秘主義者メヴラーナ・ジェラレディン・ルミによって提唱された宗教運動は、一心不乱な旋舞により神との一体感を得るという、イスラムとはかけ離れたあまりにも異色なものでした。その開祖の霊廟が博物館として公開されています。

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これなんか、ほら、凄いでしょ。昔のお札の柄をそっくり織り込んだ絨毯です。アラビア文字の部分なんか、刺繍みたいに繊細です。どうやって織ったんだろ。

これなんか、ほら、凄いでしょ。昔のお札の柄をそっくり織り込んだ絨毯です。アラビア文字の部分なんか、刺繍みたいに繊細です。どうやって織ったんだろ。

アンカラ

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トルコ共和国首都「アンカラ」

アンカラ(Ankara)は、トルコ共和国の首都。人口約358万人(2003年)を抱える同国第2の都市で、アンカラ県の県都でもある。アナトリア半島中央部に位置する。

都市の主要部分はウルス(Ulus)と呼ばれるオスマン帝国時代以前からの歴史的旧市街と、1920年代以降にトルコ共和国政府によってその南にイェニシェヒル(Yenişehir)という名で計画的に建設された新市街、およびその郊外地区からなり、政府の施設はイェニシェヒルに集中している。市街は政府の計画に沿って建設が進められたが、郊外地区は第二次世界大戦後の経済発展の都市集中に伴ってアンカラに流入してきた人々が建てたゲジェコンドゥと呼ばれる不法占拠住宅によって無秩序かつ急速に拡大した部分も大きい。1980年代以降は地下鉄など交通網の整備が進められた郊外に大規模な団地、ニュータウンが建設され、都市の膨張は進展しつづけている。

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